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もくじ
『ボイリング・ポイント/沸騰 』プチ情報
舞台は一夜のレストランですが、多くの職場で見受けられる普遍的な人間社会のストレスがもたらす極限状態「沸騰点」を描いた作品です。社会人として働いている人なら、身につまされるものがあるでしょう。フィリップ・バランティーニ監督の長編2作目の作品で、主演のスティーヴン・グレアムは本作で英国アカデミー賞主演男優賞にノミネートされています☆彡
『ボイリング・ポイント/沸騰 』のあらすじ
とあるロンドンの人気高級レストランのクリスマスの夜。妻子と別居中で心身ともに絶不調のシェフのアンディ。彼がレストランに到着すると、抜き打ちの衛生管理検査が始まり、その結果、衛星管理評価を下げられる。更に、レストランのメンバーは思い通りには動いてくれない。彼らのにも言い分があった。その上、実質的に権力を持つオーナーの娘とも折り合いが悪い。そんな神経衰弱ギリギリの中、予約で一杯のレストランの営業が始まった・・・。
『ボイリング・ポイント/沸騰 』予告編
出典元:セテラインターナショナル|Official Trailer
『ボイリング・ポイント/沸騰』の作品情報/キャスト
原題 | Boiling Point |
公開 | 2021 |
ジャンル | ドラマ |
監督 | フィリップ・バランティーニ |
出演 | スティーヴン・グレアム、ヴィネット・ロビンソン |
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『ボイリング・ポイント/沸騰』のレビュー・感想・考察(ネタバレ注意)
以下は本作に対するmmの感想と考察です、ネタバレが含まれますのでご注意ください
限界レストランの「沸騰点」
う~ん、この映画、中々辛いものがある。
社会人を長くやっていると、即場は違えど見覚えのある光景ばかりで、とても他人事とは思えない。
『ボイリング・ポイント』は、登場人物たちが直面する「沸騰点」、すなわちストレスやプレッシャーが限界に達する瞬間を描くドラマ。
物語は、レストランの一晩の営業を舞台。しかし、その中でスタッフや客たちが次々と緊張感を高めていく様子が、あたかも水が少しずつ沸騰していくかのように描かれる。レストランという閉鎖された空間が、時間の進行とともに徐々に熱を帯びていく感覚は、観客に強烈な没入感を与えるだろう。
この「沸騰点」は、ただの物語のクライマックスとしてだけでなく、現代社会における人々が抱える問題の象徴でもある。
仕事のプレッシャー、人間関係の摩擦、外部からの期待といった要因が積み重なり、最終的に爆発的な結果をもたらすという構造は、誰もが共感できる普遍的なテーマだ。
特に、主人公アンディが抱える職場のストレスや個人的な問題が、次第に彼の人生を支配していく様子は、多くの現代人が経験する「限界」の瞬間を反映している。
他人と仕事をするのは難しい。他人とは、誰でも、自分の考えとは遙かに及ばない所で生きている。少しの感覚のズレが積み重なって、神経を蝕んでいく。
この映画を観ていると、人間は結局のところ他人とは分かり合うことなんてないんだ、なんて絶望的な気持ちになってしまう。
リアルタイムの緊張感
この映画がユニークなのは、その全編がワンカットで撮影されている点でしょう。カメラは店内で動着回る様々な人の後を追って撮影する。
映画全体が、観客に対して休む暇を与えず、緊張感を保ちながら展開する。この技法は、レストランという混沌とした環境で働く人々のストレスや焦燥感をリアルに体感させ、観る者を完全に映画の世界に引き込む効果がある。
ワンカットという制約の中で、キャラクターたちが絶え間なく動き、対話し、次々と問題に対処していく様子は、観客に息苦しいほどのリアルな体験を提供する。
この演出は、単に視覚的な技巧にとどまらず、物語のテーマをより深く掘り下げるための重要な要素となっている。カメラがアンディや他のキャラクターを追い続けることで、観客は彼らの感情や緊張を常に感じ取り、彼らがどのように「沸騰点」に向かっているのかを目の当たりにする。
特に、アンディの焦りや失敗が繰り返される中で、彼の内面的な崩壊がじわじわと描かれていく様子は、この演出方法でしか表現できない迫真性を持っている。
客商売のストレス
人気高級レストランという場所は、常に緊張と期待が交錯する独特な環境だ。客は料理やサービスに高い期待を抱き、一方で従業員はその期待に応えつつ、同時に限られた時間や資源の中で仕事をこなさなければならない。
秀逸なのは、客商売のストレスが単なる個々の問題に留まらず、チーム全体に連鎖し、最終的には全体の機能不全を引き起こす様子を描いている点だ。
例えば、厨房内でのミスはすぐさまフロアスタッフに影響を及ぼし、さらには客との関係にまで波及する。この映画では、わずかなタイミングのずれや小さなミスがどれほど大きな波紋を生むのかが、リアルタイムで展開されていく。つまり、客商売のストレスは個人だけでなく、全体の協力体制や人間関係にも大きく影響するということである。
特に興味深いのは、客側の存在感です。『ボイリングポイント』に登場する客たちは、単なる背景ではなく、従業員にストレスを与える「源」として非常に重要な役割を果たす。
彼らの無遠慮な態度や理不尽な要求、あるいは自分勝手な振る舞いは、常に従業員の忍耐を試し、その一方で彼らに対してプロフェッショナルな対応を求める。
客商売においては「お客様は神様」というフレーズがしばしば言われるが、この映画ではそのフレーズがいかに現場で重荷として働くのかが見事に表現されている。特に、客の要望に対して完璧なサービスを提供しなければならないというプレッシャーが、従業員を心理的に追い詰めていく過程は、非常にリアルで、かつ冷酷な現実だ。
結局のところ、この映画が伝えたいのは、客商売という仕事が単なるサービス業ではなく、心理的に過酷な戦場であるということだろう。
客と従業員、従業員同士、さらには自分自身との戦いが繰り広げられ、そこには常にストレスが付きまとう。そして、このストレスをどのように管理するか、あるいはそれに対してどのように向き合うかが、個人や組織の命運を左右する。
シェフとしてのアンディには、組織を沢山のストレスから守るというマネジメントスキルも求められていたということだったが・・・。
アンディの崩壊
ラストは、主人公アンディの完全崩壊を描く。
アンディは、疲れ果てたシェフとしてその象徴的な存在だ。彼は、経営問題、従業員のミス、客の理不尽な要求、さらには自身の個人的な問題という多重のプレッシャーに苛まれている。
アンディの一挙手一投足は、そのプレッシャーが彼にどれほど重くのしかかっているかを物語っており、視聴者はまるで彼の皮膚の下に潜り込むように、その緊張感を感じ取ることができる。特に、彼がストレスによって次第に無力感や怒りを露わにしていく様子は、飲食業界に従事する者にとっては極めて現実的な描写だろう。
ラストでは、スタッフの鬱憤が噴出し、人間関係が全部崩壊した後の「再生の可能性」を少しも描いていない。この点が、この映画の最もシニカルでシビアなところだろう。
ナッツアレルギーのあるお客存在を事前に厨房内でも共有していたのにも関わらず、クルミ油入りのドレッシングがかかった料理を出してしまい、そのお客が救急搬送されるという事件が発生する。
この事件ですぐさま犯人探しのミーティングが行われ、料理人たちの精神は完全に崩壊した。お互い対しての日頃の鬱憤をぶちまけ、秘めていた文句を無様に言い合い、遂に人間関係が崩壊していく。
ナッツ事件の責任をアンディの右腕の副料理長のカーリーに押し付けよという外圧がアンディにのしかかる。そして、そのことを彼女に正直に告げる。彼女は、自分のミスではないのに責任だけ押し付けるアンディに嫌気がさし、レストランを辞めると言い放つ。
一緒に働いてきた仲間が一夜にして去っていく。
アンディはどこでしくじったのか。
私は、アンディはやはり、自らの保身に邁進し、スタッフの気持ちをなおざりにしたことが最大の過ちだったと思う。
オーナーの娘に屈し、元シェフで今は有名な料理タレントに屈した。
上しか見ない上司には、よくある行動だろう。そして、自らの地位の保身ばかり気を配る上司には、部下の有能さが目に入らない。
そういう意味では、自業自得のラストと言えるかもしれない。
『ボイリング・ポイント/沸騰』のまとめ
- 単なるシチュエーションドラマではなく、職場における多層的なストレスを鋭く描き出した作品
- ワンカットで描かれることによって、リアルタイムの緊張感が観客にも手に取るように伝わる
- 社会人が観ると見覚えのある人間関係やストレスで、他人事とは思えない